ADAPTATION DESIGN

僕の提唱する「ADAPTATION DESIGN」に肉付けするための教養のブログ。という趣味を全面的に肯定するために始めたただの暇つぶし

Scolding:「何もしない時間が生み出すもの」

No.59 一日、暇があると何もしないことが多い。映画を見たり、本を読んだり、Youtubeを見たり、部屋の植物を観察したりとまぁ何もやっていないことはないのだが、生産的な活動は何もしていない。別に外の天気が悪い訳でもないし、お金がないわけでもない。別に仕事で疲れ過ぎているわけでもない。なのに、一日全くごはんも食べずにベッドの上でゴロゴロできる私は一体何者なのだろうか?考えてみよう。

 

皆様は「Brain in a vat(水槽の脳)」という思考実験を知っているだろうか?哲学の世界ではよく用いられる懐疑主義的な思考実験で哲学者のHilary Whitehall Putnam(1926-2016)が定式化したものだ。「私たちが今体験しているこの世界はすべて水槽に浮かんだ脳が見ているバーチャルリアリティーではないか?」という考え方で、私たちに肉体が当たり前にあると思っているような根拠のない独断的な思考をを排除する為にある。映画「インセプション」ではこのようなシミュレーション仮説をよく捉えていて、夢から覚めた先も夢であるといったレイヤー構造を用いることで映画体験を通し観客に対し現実とは?と疑問を投げかけていた。つまり、このように考えることはできないだろうか?今ベッドの上で無気力にごはんも食べずにゴロゴロしている私は何もしていない生産性のないダメ人間ではなく、水槽の脳が寝ている状態でバーチャルな空間に存在する私は動くことができないのだと。

 

他の方法も考えてみよう。ガイア理論というのは知っているだろうか?化学者のJames Lovelockが仮説を提唱したもので、「地球全体が巨大な生命体である」という考え方で、生物と環境の相互作用には何かの恒常性があり、自己調整システムを有しているというものだ。私はこの論理を飛躍して考えることが好きだ。人間はそのシステムの一つであり、地球という生命体の中の一つの細胞のような役割を果たしているというもので、人間がそれぞれ自発的に行動していると思っている行動はすべてその巨大な生命体が無意識に行っている行動の一部に過ぎないという考え方だ。いうなれば、人間に限らず地球に存在するすべての生命が一つの地球を動かす小さな細胞ということになる。つまり、このように考えることはできないだろうか?今ベッドの上で無気力にごはんも食べずにゴロゴロしている私は何もしていない生産性のないダメ人間ではなく、今は動く必要のない細胞の一部であり、その時が来たら動くから心配しなくてもいいのだと。

 

もう一つ考えてみよう。働きアリの法則というものをご存知だろうか?働きアリは全体のバランスを2:6:2に保とうとする。全体の中でよく働くアリ(全体の8割の食糧を集める)は全体の2割、普通に働くアリは6割、さぼるアリが2割になるというものだ。それはさぼった2割のアリだけ抽出し観察しても2:6:2になったことからも分かるように、蟻の個体差から生まれるものではなくコロニーを形成する上で必要な役割であり、全員がよく働くアリであれば種はすぐに滅ぶという。つまり、このように考えることはできないだろうか?今ベッドの上で無気力にごはんも食べずにゴロゴロしている私は何もしていない生産性のないダメ人間ではなく、周りの人間が働き過ぎていることによる反動で生まれた必要悪であると。つまり、私までもがよく働くアリになってしまうとこの種のバランスがとれなくなるのである。

 

さて、さんざん御託を並べてきたが実際はデザインのアイディアが浮かばなくて、棚から落ちてくる牡丹餅を待っているのである。実際、このアイディアというものは厄介なもので、考えすぎても生まれないくせに、ポッと出てくることのあるつかみどころのないシャボン玉のようなものだ。つまり、このように考えることはできないだろうか?今ベッドの上で無気力にごはんも食べずにゴロゴロしている私は何もしていない生産性のないダメ人間ではなく、アイディアのシャボン玉が目の前に現れるのを待っている状態であり、そのシャボン玉をつかむことができて、初めてこのゴロゴロに意味が見いだされると。ということで引き続き、ゴロゴロして目の前に現れるシャボン玉を待つのである。