ADAPTATION DESIGN

僕の提唱する「ADAPTATION DESIGN」に肉付けするための教養のブログ。という趣味を全面的に肯定するために始めたただの暇つぶし

Monologue:「自然にみる希望の光」

No.16 自然はデザインの世界でモチーフとして優秀で、とりわけ「アール・ヌーヴォー」ではSpecurative Design的思考が行われていて未来を想像するうえで面白い題材と問いを含んでいます。このアール・ヌーヴォーという単語は一度くらい耳にしたことはないでしょうか。特に日本人の大好きなアルフォンス・ミュシャ(Alfons Maria Mucha1860-1939)やガラス工芸で有名なエミール•ガレ(Charles Martin Émile Gallé1846-1904)の作品を見たらピンとくるはずです。

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 アール・ヌーヴォーはヴィクトリア朝時代にイギリスでウィリアム・モリス(William Morris1834-1896)が起こしたアーツアンドクラフト運動を皮切りに、産業革命時にあふれた粗悪な商品を否定すべく、手仕事により生活と芸術を統一するという考えから誕生しました。その形態は植物や昆虫等の自然物がモチーフの自由曲線を多用したデザインが多く、工業化によって単一化されるフォルムの解放が大きな目的でした。ここでの解放はモチーフとなった植物や昆虫に対する考え方で、作品そのものの美を助長する造形的な役割というよりも、人が自然に見た精神や本質的な部分であると私は思います。当時、産業革命以降のイギリスは労働環境の劇的な変化により社会全体に人々の不安が蔓延していました。職人の手仕事(天職)が減り機械に合わせて働く工場労働の疎外感やむなしさが「天職思想」を唱えているプロテスタントへの疑問を生みました。その結果、人々は聖書では禁止とされているアニミズム(すべてのものに魂があるという考え方)という概念に未来を感じ、神の持つ「復活や繁栄」という意味をアンチテーゼとして自然物に託し身の周りに取り込むことで「現状からの解放」を図ったのではないかと推察します。

 このアールヌーヴォーで起きた思想の変遷はまさにSpecurative Designと言えるでしょう。この場合その時代で揺るぐことのない神の存在を一度批判することで発見された問に対し自然物の中に答え(未来や美)を見つけ表現していることになります。一つの問いから生まれた一つの概念は世界に瞬く間に伝染し様々な文化や技術を生み出しました。またモリスは美について「芸術の本当の意味は、自然に対する人間の尊敬の表現である」と言っています。それは写実主義のように自然物そのものの美しさを捉えることではなく、自然主義のように人の表現の中に投影された自然物の美しさを捉え、それが時間と共に自然と融合していく様こそが本質的な美ということでしょう。美は人にしか美でなく、そういう意味で人の手によって作られたものには自然の美しさを獲得しようと挑む儚さや愛着がそこにはあり、それが自然に認められることが大切なのでしょう。

 近い未来に私たちはこの選択をまた迫られることでしょう。アーツアンドクラフト運動が「モノづくりが人の手を離れ始める時」に起きた運動だとすると「モノづくりが人の手を完全に離れる時」にもなにか運動が起きます。その時、人々はきっと「解放」を望み自然に対し未来や希望を見出し、新たな問いに対する答えを探すでしょう。しかし、自然はその答えをもう既に知っているのかもしれません。私はADAPTATION DESIGNがその答えの一片を握っていて、第2のモリスになれたらと願うのみです。

 

 

 

他のMonologueはこちらです。

adaptation-design.hatenablog.com

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