ADAPTATION DESIGN

東京藝術大学の大学院生と武蔵野美術大学の教務補助の二足の草鞋を履く男のブログ

第2回インテキネマ「リアリティのダンス」

第2回インテキネマを開催しました!

先週に引き続きアレハンドロ・ホドロフスキー特集ということで、ホドロフスキー作品としては新しい「リアリティのダンス」を観ました。

前回の反省を活かし、スピーカーとおやつを持参し開催時間を1時間早め、17:30からの鑑賞となりました。前回来てくれたメンバーの中から数人と、新たに来てくれた空間演出デザイン学科の1年生を加えた6人でした!

 

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今回みたリアリティのダンスはホドロフスキー作品の中でも見やすい方と言われており、文脈の繋がらないシークエンスはそこまで見当たりませんでした。しかしながら、彼なりのこだわりが隅々まで行き届いた緊張感のある画が続き、発見と感性を揺さぶられるシーンの連続で非常に楽しく新鮮な気持ちにさせられました。

 

ここから見たことある前提で映画の感想をネタバレ?前回で書いていきたいと思います。ネタバレやまだ見てない方はここから読まない方がいいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では書いていきます!

 

この映画をみた最初の感想は前回のEl Topoに比べると非常に色彩豊かな上にストーリー構成や時代設定がバッチリある分すごく分かりやすい映画だということです。中学、高校と日本史や世界史を避け理系への道を歩んだ身とすると、もう少し勉強しておけばよかったと思わされました。ホドロフスキーの生い立ちについては松岡正剛の千夜千冊というサイトで青木健史さんが詳しく書いてるのでそちらをご覧ください!

 

 

他にもあらすじを詳しく解説してあるサイトは多いのでそちらをご覧ください!

 

私の中でホドロフスキーはとても直喩的で説明的な癖にその中にメタファーが多分に含まれている変態というイメージがあります。言い過ぎかもしれませんが、映画を見たことがあるなら言い過ぎでないことは一目瞭然の事実です。今回のリアリティのダンスにもそんなシーンが盛りだくさんでした。

 

まずリアリティのダンスはアレハンドロ・ホドロフスキーの自叙伝的な役割がありますが、その内容はホドロフスキー自身が体験してきた厳しい現実や過去を大きく湾曲させた夢のようでシュールな表現がされています。過去は主観的なものであると語るアレハンドロは、自分が経験したかった過去へ捏造する事で「今」のアレハンドロ自身を顧みた現実へと昇華されるといいます。映画の最後に様々な事があった家族が再集合し全員で旅立つシーンがあります。それは彼が本質的に望んでいた過去の結末とも言えるのでしょう。

 

本作の特徴として話の中盤から父親であるハメイが物語の主人公として捏造された人生を演じます。ある信念の元に行動するも散々な目に合う父の姿は、アレハンドロの知っている厳格で独裁的な父親を許す為の彼なりの再構成なのでしょう。この映画はとても実存主義的で無神論者であったハメイが様々な体験を通じて心の移り変わり、つまり心の破壊と構築を描いています。妻の多大なる愛(オシッコ)で死の淵から復活した事、自分が憎んでいたイバニェスの悪の凡庸さに気づき自分の姿を重ねてしまった事、差別的に扱っていた奇形と同じ立場になった事、自分を介抱してくれた背中折れた女性の深い愛と刹那的消失、行く宛のない自分を助けてくれたキリスト信者であるドン・ホセの無垢な愛とそんな聖人の死を労わることなく神格化する神秘主義的な宗教信者たち、くだらない理由で怒りだすし殴られただけで赤ん坊のように泣きじゃくるナチスの軍人、ドン・ホセという聞き覚えのないただの名前に怯え拷問をし続ける政府の人間。そんな人達との関わりの中で、絶対だと思っていた思想は打ち砕かれ運命的に家族のところへ戻ってきます。全てを失ったハメイは自分を責めますが、最愛の妻の愛に再び許され、過去の自分との決別を促されます。最後のシーンで固まってしまった手は治り家族を抱きしめるシーンがありました。ハメイはここで初めて、監督アレハンドロに許されたのでしょう。

 

映画の中の印象的なセリフの一つに「神はいない。死んだら腐って、それで終わりだ」という言葉がありました。神秘主義を根底から否定する唯物論的思想は父から受けたアレハンドロの中にある恐怖に直結していると感じました。少年時代のアレハンドロを後ろから抱きしめる監督アレハンドロが幻想の中で生きなさいと耳元で囁くシーンがあります。現実の監督アレハンドロが信じてやまない幻想の神秘をこの映画は表現しているのではないかと考えます。衝撃的なシーンもありますが、徹底したポップで新鮮な絵作りは酷な現実からの乖離を表し、その実際の過去のリアルと湾曲の隙間には「今」の自分への過去の更新なのでしょう。そんな彼の浄化と道化は私たちに何を語りかけるのでしょうか。

 

まだ知らない事が多く、一度しか映画を鑑賞していないのでこんな感じの中途半端な感想になってしまいましたが、一つの映画体験としてとてもオススメできることは間違いないでしょう。来週はホドロフスキーのDUNEを見ます。とても楽しみなインテキネマになりそうです!

 

 

5月の特集が決まりました!

黒澤明です!

詳しい内容はまた後ほど…!

ではまた!

東京藝術大学:大学院物語「大杉栄に触れ感じた美の定義とは」

金曜日は取手キャンパスでの大学院のゼミがありますが、午前中は上野校地で倫理学Ⅰを受講しています。今週から行き始めたのですが、なかなか興味深い授業をしていたので、頭の整理も含めてここに記していきたいと思います。

 

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大杉 栄の「近代思想」より、「生の拡充」の引用から始まりました。大杉 栄の名前は聞いたことがあったものの、いきなり大正浪漫溢れる文章を突きつけられて困惑しましたが、ある程度時間が経ち脳の整理が追いつくとなかなか興味深い事を言っていることに気がつき始めました。

 

大杉栄は大正のアナキストとして有名な思想家で、伊藤野枝との壮絶な恋愛が有名な話ですね。大杉は社会主義思想から枝分かれし、国家や権力を不要とする無政府主義を提唱した上で、社会制度化された結婚に対する拒否として自由恋愛を試みたことが挙げられます。

 

さて、今回私が触れた部分というのは大杉栄の有名な言葉の成り立ちについてです。その言葉がこちらです。

 

「階調はもはや美ではない。美はただ乱調に在る。階調は偽りである。真はただ乱調に在る。」

 

瀬戸内寂聴がこの言葉を本の題名に使っていたのでもしかしたら知っている方もいるかもしれません。では、この言葉の意味とはどういうことなのでしょうか?私自身も深くは理解できてないので間違っているかもしれませんが、その時はコメントで違うよ!と突っ込んでください。

 

そもそも大杉栄の生きた大正時代は大正デモクラシーや女性解放運動など政治的な活動が多感に行われている環境でした。そんな中で政府や政党など全てを否定し、個人の自由な意思がすべてのモノの上位であると説いた大杉は「征服の事実」の文章で、数千年間続く人類社会の中の根本的事実=征服があるとし、「明瞭にこの事実が意識されない間は社会の出来事の何事も正当に理解するを許されない」と断言します。この論理は芸術にまで及んでおり、征服の事実とそれに及ぶ抵抗に触れない限りは所詮遊びや戯れであり、組織的瞞着の有力な一分子だと批判しました。大杉はその静的美ではなく、より熱情的で活動的な動的美を求め、征服の事実の憎悪美と反逆美からなる創造的文芸を目指しました。

 

次に自然権について大杉は触れ、人間の唯一の義務は「生の拡充」であると定義します。そして「生の拡充」とは生の充実と同義であり、生の拡充を阻害する一切の事物を排除することが生の必然の論理とし、その活動を辞めてしまうことは生を生たらしめる活動によって得られた自我を停滞させ腐敗させてしまうことになるといいました。

 

人間は原始時代から生の拡充の論理に従い闘争と利用を繰り返してきました。その結果として同じ人類の間に征服者と被征服者の両極を生み出すことになります。大杉は被征服者を生の拡充を途絶された状態とし、自我をうしなった征服者の命令と意思によって動作する奴隷になったと表現しますがそれは征服者も同じで、奴隷の不徳や堕落によって生の拡充を奴隷と同様に損なっているとしました。

 

ここからが大切なのですが大杉の言葉をそのまま引用したいと思います。

「吾々の生の執念深い要請を満足させる、唯一の最も有効なる活動として、先ずか征服の事実に対する反逆が現われた。またかの征服の事実から生ずる、そして吾々の生の拡充を障礙する、一切の事物に対する破壊が現われた。」

「そして生の拡充の中に生の至上の美を見る僕は、この反逆とこの破壊との中にのみ、今日生の至上の美を見る。征服の事実がその頂上に達した今日に於いては、諧調はもはや美ではない。美はただ乱調に在る。諧調は偽りである。真はただ乱調に在る。」

生の拡充を抑制させた征服に対する反逆という活動こそ美である。調和のとれた世界は偽りであり、生の拡充の論理が乱立するカオスにこそ至上の美があると大杉はいうのです。実際に大杉は無政府主義の中で社会のルールに対して反発をしめし、反抗と活動を通じて自身の生の拡充を実行していました。また、この自身の生の拡充は同時に人類の生の拡充であると断言し、大杉のみならず、この事実を自覚し活動をし始めている人々は少ないながらも存在することを確認していました。

 

感想としてはすごくアジテーションな文章だと思います。その文章の節々から溢れる情熱と力強さは読んでて清々しく人を導く力があると感じました。無政府主義はまさに今の時代に適している思想であると考えています。目に見えない抑制によって被征服者を自覚していない人々が多く、生の拡充をなし得ている人はどれほどいるのでしょうか。反逆、乱調の中にある至上の美という感覚は理解できます。文学や政治的活動の中にそれがあるかは分かりませんが、デザインで人間の怠慢や欺瞞によって腐敗した自我を気づかせる活動がしたい私からすれば、ここに美があるという思想や概念はすごく助かります。今、ちょうどホッブズやジョン・ロックの自然権について勉強しているところだったので、反逆の美の先に生まれる新たな社会について大杉はどのように考えていたのか気になります。

ムサビ教務補助物語「2年生初めて模型に触れる!」

今回は2年生の課題の紹介をしていきます。

 

工芸工業デザイン学科の2年生はまだ専攻に分かれているわけではないのですが、大まかに興味のある専攻に分かれてそのコースの課題に挑みます。今年も40人近くの学生がインテリアコースに来ており賑わいのある教室になっています。

さて、2年生の最初の課題ですが「空間表現」です。課題文はこちらです。

 

光、陰影が美しい空間を素材を工夫して1/20のモデルとして表現する。

 

というとても簡素な課題ですが、インテリアの永遠のテーマともいえる「光と影」について空間を通して考えることは、将来的に空間をやる人もプロダクトをやる人も必要なことなのでとても重要な課題ともいえます。

 

そんな課題の最初のほうに、模型を作る演習がプログラムとして組み込まれています。2人1組でミース・ファンデルローエのファンズワース邸を作ります。

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ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエLudwig Mies van der Rohe1886年3月27日 – 1969年8月17日)は近代建築の3大巨匠の一人として知られています。ドイツ出身のモダニズム建築を代表する建築家で、「Less is more.」や「God is in the detail」など広く知られている言葉も残しています。装飾などの表層的な要素や空間における内的な要素を減らし単純化することでより抽象的な建築を追及してきました。またラーメン構造を用いたすっきりとした構造体は内部に対するあらゆる機能を豊かにするというユニヴァーサル・スペースという概念を提示してきました。(出典多数)

 

その中でも「ファンズワース邸」はとてもシンプルで高床式の家とは思えない造形をしています。4面はガラスで覆われており、必要最低限のトイレ、キッチン、浴槽以外の機能はありません。8本あるI型鋼の柱で支えられていますが、それらは空間に影響の及ばない外側に配置されています。

 

さて、建築模型としてはこれ以上ないほど簡素なファンズワース邸を図面から模型を製作してもらいました。2人一組とはいえ、初めてみる図面から使ったことのない素材に四苦八苦しながらもそれぞれのファンズワース邸を作っていました。構造や形には制限がありますが、建築を構成する素材に対しての縛りはなく自由な表現をしてもよいという風になっていたのでそれぞれ特徴的なものになっていました。

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庭がしっかりしているもの

 

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床がスケルトンになっていてよりモダニズムに傾倒したもの

 

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龍安寺の枯山水のような庭を模したもの

 

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シンプルに徹底したもの

 

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 アールデコ調なもの

 

一度、模型を製作するだけで多くのことに活かせるようになります。図面の読み方に始まり、部材の取り方、接着のしかた、工法、組み立ての順序、空間のみでなく家具製作や今後のマケット制作にも役に立つことが多いです。ゴールデンウィークを挟んでしまいますが、この経験を生かして光と影の空間に取り組んでもらいたいと思います。

 

ではまた!

 

Column 「あどけない話の悲しみ」

高村 光太郎 「あどけない話」

 

智恵子は東京に空が無いといふ。


ほんとの空が見たいといふ。


私は驚いて空を見る。


桜若葉の間(あいだ)に在るのは、


切っても切れない


むかしなじみのきれいな空だ。


どんよりけむる地平のぼかしは


うすもも色の朝のしめりだ。


智恵子は遠くを見ながら言ふ。


阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に


毎日出ている青い空が


智恵子のほんとうの空だといふ。


あどけない空の話である。

 

 

この詩は高村光太郎の智恵子抄の中の有名な詩です。とても好きな詩なので紹介したいと思います。

 

高村 光太郎は日本を代表する彫刻家であり、画家でもあります。この「手」という作品が非常に有名です。

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また高村は詩人や歌人としての活動を彫刻と並行して行っていました。その理由がとても興味深く記憶に残っています。

 

「私は自分の彫刻を護るために詩を書いているのだからである。自分の彫刻を純粋であらしめるため、彫刻に他の分子の夾雑きょうざつして来るのを防ぐため、彫刻を文学から独立せしめるために、詩を書くのである。」(昭和文学全集第4巻参照)

 

彫刻家の自分は何を描いても彫刻になってしまう事に気がついた高村は、自身の作品が客観性を失い主観的な立場から何かを語ろうとしてしまっている事に悩んでいました。彫刻はより純粋で客観的描写でなくてはならないと考えた高村は心に溜まった文学分子を詩に落とし込む事で彫刻家としての自分の立場を見直したのです。

 

この事は表現をしている人間ならいかに難しいかが分かると思います。時代もあるとは思いますが、現代の多元化された文化や表現の中で純粋に一つの表現を追い求め、客観的に自分の立場を把握し、精神的に自分を抑制するなんてとてもではないですができることではありません。

 

 

さて、上記の「あどけない話」は高村光太郎が智恵子抄の中で綴った詩です。智恵子抄というのは、妻の高村智恵子とと結婚する以前(1911年)から彼女の死後(1941年)の30年間にわたって書かれた、彼女に関する詩29篇、短歌6首、3篇の散文が収録されている詩集です。特にこの「あどけない話」はその中でも有名で人気な詩になってます。

 

初めてこの詩を教科書か何かで読んだ時、環境が変わった事で自分の見慣れた景色が変化してしまった事について嘆いたものであると解釈していました。つまり何気ない会話の中で見せた自分にも気づかない感性を持ち合わせた智恵子の繊細な感受性を捉えた作品だと思っていました。ですが、その背景を知ってから読むと、とても悲しい現実がそこにあり、一言一言の重みが途端に変化します。高村が自身の彫刻から排除しようとしていた主観的な表現がそこにはありました。

 

智恵子は福島の酒屋の実家の生まれで裕福な家庭で育ちました。美術大学で油絵に引かれ、洋画家を志します。高村にであり二人で共通のアトリエを持ち二人で製作活動をしていました。しかし、もともと身体が弱く、東京に移り住んでからは年に3~4か月は地元に帰るほど東京の空気は合わなかったようで、智恵子の半生でも「…彼女にとつては肉体的に既に東京が不適当の地であつた。東京の空気は彼女には常に無味乾燥でざらざらしてゐた。…私と同棲してからも一年に三四箇月は郷里の家に帰つてゐた。田舎の空気を吸つて来なければ身体が保たないのであつた。彼女はよく東京には空が無いといつて嘆いた」とあります。また、父が亡くなり実家である長浜家が倒産したころから精神を病み、服毒自殺を計ります。自殺は未遂に終わりましたが、統合失調症と診断され入院してしまいます。その後高村光太郎の献身的な介護の末、53歳で生涯を終えました。「「あどけない話」は実家が倒産する1年ほど前に書かれたもので、すでに病弱であった智恵子の心のどこかに精神的な弱さが出始めていたことが見て取れます。そしてあまり語られることはないですが、精神を病んだ原因として高村の創作活動を支えるために自身の油絵制作をする時間を惜しみ生活に必要な仕事や家事をこなしていたことがあります。服毒自殺を計った夜、その傍らには買ってきたばかりの果物が静物風に配置されイーゼルに新しい画布が立てかけられていたらしく、どれほど自身を押し殺し生活をしていたか、また表現者として油絵に真剣に向き合えなくなってしまった絶望がどれほどだったかが見てとれます。

 

ここでもう一度、詩を見てみましょう。

 

高村 光太郎 「あどけない話」

 

智恵子は東京に空が無いといふ。

ほんとの空が見たいといふ。

私は驚いて空を見る。

桜若葉の間(あいだ)に在るのは、

切っても切れない

むかしなじみのきれいな空だ。

どんよりけむる地平のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ。

智恵子は遠くを見ながら言ふ。

阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に

毎日出ている青い空が

智恵子のほんとうの空だといふ。

あどけない空の話である。

 

智恵子は東京にはほんとの空はないといいます。そのことに高村は驚き空を改めてみるもののそこにはいつも通りの空が目の前に広がっていました。生活に疲れ、環境に慣れることができなかった智恵子の目には高村と同じ空はありませんでした。小さなころから慣れ親しんだ地元の福島にある阿多多羅山の上にあった青い空を思いだし、自分の居場所と精神を保とうとしていたのでしょう。もしかしたら、自分が少しばかり精神的に弱っていることを高村に気づいてほしかったのかもしれません。しかし、高村はこの話をあどけない(無邪気でかわいい)と受け流してしまいます。

 

私がこの詩が好きな理由は、読み方によって心が通じあっている何気ない夫婦のつかの間の会話にも捉えられますし、背景のストーリーを見てから読むのでは言葉の様子が変化するところにあります。むかしなじみやうすももに対して智恵子の感想が絶妙に違って見えるのもとても意味深に思えます。智恵子の献身的な愛も感じ取れるように、光太郎の迷いや智恵子への愛も感じることのできるこの詩は、とても立体的で彫刻的な要素を多分に含んだ素晴らしい作品です。

 

これを機に高村光太郎については深堀りしていきたいと思っています。

最後に智恵子が亡くなった時に書かれた詩を一つ載せておきます。その表現力と繊細さ、そして力強さを感じるとても美しい詩です。

 

「レモン哀歌」 高村光太郎


そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
私の手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関ははそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう

 

 

 

 

 

東京藝術大学:大学院物語「無知の自覚とは」

今日はまだ履修登録期間ではないので履修はしていませんが、学生に向けて開講している座学を受けてきたので少し書いていきます。

 

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今日受けた座学は「哲学Ⅰ」です。水曜2限にあります。シラバスを見た感じ面白そうだったので受講しました。今日は哲学とは何かという根本的な解釈から始まり、プラトンやソクラテスについて少し触れました。哲学が宗教や科学とは違うということや、分かったと思っていることを分かっていなかったという事が分かるようになる、いわゆる「無知の自覚」について物凄く簡単に説明されました。一般的には「無知の知」と表される言葉ですが、先生曰く、自覚と知には段差がある為、知には至っていない自覚と称するのが妥当であるとの事でした。これはなかなか面白いこだわりだと思いました。知と自覚という言葉の間にある段差の大きさを少し感じたと同時に言葉一つでそのニュアンスが変わる繊細な世界であることを「知り」ました。

 

さて、無知の自覚ですが分かったつもりでいる事に疑問を持ち、それを自身で問う事で何も分かっていなかったことを自覚する事をいいます。正確にこの説明があっているかどうかは微妙ですが、私はこのように捉えました。日常に潜むあらゆるものに疑問を持ち、それが一体なんなのか考える、それ自体に何の意味や答えが出てくるわけではないですが、主観的な解釈を捨て去り、より客観的な視野から全体的に物事を考える為の一つの思考方法だと思います。人間が生きる事以外に生み出した余白の極みみたいなものですね。

 

例えば、快楽について。

 

背中が痒くなる

背中を掻く

気持ちいい

背中を掻くことが気持ちいい?

ただ背中を掻く

別に気持ちよくない

じゃあ何が気持ちよかったのか

 

私がデザインでやりたい事はまさにこれで、形而上の思考(この世の果てとは?みたいな形のないもの)というよりも、人間の生活や文化の中で知った気になっている当たり前や無自覚なものを表現で表面化させ問い直すという事で、まさに哲学の根本的な原理に似ています。

 

この授業では少し前に東大の生協が捨てたと話題になった宇佐美 圭司とフランスの哲学者Gills Deleuzeについて触れながら近代哲学と西洋哲学について学んでいくそうです。Deleuzeは名前は聞いたことがあるものの何をした人なのかさっぱりなので楽しみです。ただ、西洋哲学を批判するところから始まっている彼の哲学を理解するには果てしない道のりの様な気もしています。とりあえずプラトンの「メノン」と「テアイテトス」を読むところから始めたいと思います!

 

ではまた!

Column 「パスカルの賭け」

社会学を勉強し始めて、直接ではないが出てきた定理の一つに「パスカルの賭け」というものがあり面白かったので書いていきたいと思います。

 

ブレーズ・パスカル

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「人間は考える葦である」というのは余りに有名な言葉ですが、パスカルの才能は多分野に渡り、様々なところでその名前を耳にします。数学をやっていればパスカルの三角形や原理、または圧力のPaという単位は一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?天気予報とかで聞くヘクトパスカルhpaもその一つです。「パンセ」と呼ばれる思いついたことを書き留めた断片的な記述を遺族などが編集し刊行した遺著があります。

 

そのパンセの中に「パスカルの賭け」という思考実験があります。その賭けの内容というのが、神が「いる」か「いない」かについてです。この実験によってパスカルが導いた答えは「いる」に掛けたほうが人間は幸せになるというものでした。なぜ「いる」に賭けた方が得なんでしょうか?パスカルの意見を見てみましょう。

 

この場合4つのパターンが考えられます。実際には神は存在せず「いる」又は「いない」に賭ける場合と、実際に神が存在して「いる」又は「いない」に賭ける場合です。

 

実際には「神はいない」場合

「いる」に賭けをしたとしても、神がいないだけで損をすることはない

「いない」に賭けた時、予想通りであり特に困ることはない

 

実際に「神がいる」場合

「いる」に賭けをした場合、神を信仰している為に最後の審判で神の国へ行ける

「いない」に賭けをした場合、神の存在を否定したことになり、最後の審判で地獄へ送られてしまう

 

つまり、「いない」に賭けて地獄にいく損失の大きさを考えれば、「いる」に賭けても失うものもなければ、神の国にも行けるという幸福が手に入る訳です。

 

今、まじまじと聞けばとても馬鹿らしい議論のようですが、神の存在が絶対であった時代を思えばとても的を得た議論のような気がします。パスカルは「神の存在は限りなく不可知である」としていました。神の存在の有無を理性では判断できないとし、理性で解決できない問題はある種の損失と利益のリスクで判断できるとし、神をいるとした際の利益と損失を考慮するならば、「いる」に賭けた方が賢明であると考えました。この問題はのちの確立論の足掛かりになったのですからこれまた面白いもんですね。数学の期待値のようなものに近いような気がします。それよりも神の存在が絶対だった時代に神がいることを賭けにしようなんてラディカルな提案がよくできたと感心します。

 

この考え方はとても稚拙であるなどと散々、批判されてきたものですが一概に間違ってはいないのでは?なんて考えてしまいます。それは日本人が無意識なのか子供のころの習慣なのかは分かりませんが、願掛けのようなものだと思っています。病気をしたり、災害にあったり、何かに挑戦したり、誰かを思ったり、そんな時にふと神様の存在を信じていなくてもお守りを買ったり、お祈りをします。それは神を信じていなくても願うことで少しでも気持ちがまぎれたりしたら儲けもんくらいなもんで、願うことでその人が何か損失することはなにもない訳です。

 

ここで私の意見になりますが、私は神を信じていません。今は亡き建築家の父の言葉が頭に残っているからです。

 

「この世の万物が神の創造物ならば、私たちが形作るものを信じられなくなってしまう」

 

一語一句、正確に合っているかは定かではないですがニュアンスは合っていると思います。つまり、建築家であった父は大勢の人間が時間と精神を削って生み出したものが、神の存在を認めることですべて否定されてしまうことが嫌だったのでしょう。私もものづくりの道に入りこの言葉の意味を理解しました。人間は自然界の植物や昆虫、岩や地面、ありとあらゆる要素のほんの一部しか知りません。葉っぱ一枚とっても人間の認識の遥か上をいく造形や機能を保有しています。それを神の創造物としてしまうのは余りにも人間を信じれていないような気がします。神を信じるというよりも人間を信じているといった方が正しいのでしょうね。父はとても情熱的な人だったんだと改めて思います。私の立場は葉っぱであれば植物の功績だと思いますし、昆虫の造形は昆虫が長い年月を掛けて生み出した努力の賜物であると考えていますし、そうであると信じています。なんだよ結局アニミズムかよと言われてしまうかもしれませんが、何を信じる?という問いに対しては何も「何も信じていない」とも「何かを信じている」とも答えます。

 

 

えっだったらどうせ損しないんだから「信じている」でいいじゃないかって?

 

 

 

う~ん...パスカルの賭けの問いに答えるのは難しいなぁ。

 

 

 

 

My favorite 「Ron Arad」

好きなデザイナーは誰ですか?と聞かれて真っ先に思いつくの人にRon Aradがいます。なぜ好きなのかと聞かれると具体的な理由は特にありません。かっこいいから、この一言に尽きると思います。大学1年生の時にRon Aradの作品集に出会って、インテリアデザイン専攻に進むことに決めたくらい影響を受けています。彼の略歴についてVitraのホームページをまるまる参照にしたいと思います。

 

1951年、イスラエルのテルアビブ生まれのロン・アラッド (Ron Arad) は、エルサレムのthe Bezalel Academy of Art and Design、ロンドンのArchitectural Associationで学びました。1981年にはキャロライン・ソーマンと共にロンドンに自信の事務所One Off Ltd.をスタート。彫刻のような独特の形をした、斬新な家具のデザインをしました。彼等は、1989年にカナダ人建築家、アリソン・ブルックスと共にRon Arad Associates Ltd.を設立しました。 1980年代後半から、アラッドは家具コレクションのデザインも始めます。1994年には、イタリアのコモにron arad studioを設立し、1997年までthe Vienna University of Technologyの客員教授としてプロダクトデザインを教えました。 1997年以降は、ロンドンのRoyal College of Artにおいて家具デザイン、工業デザインの教授も務めています。

https://www.vitra.com/ja-jp/corporation/designer/details/ron-arad

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なんてお茶目でイケイケなおじさんでしょう。こんな歳の取り方をしてみたいものです。彼のスケッチはとても無邪気で純粋な少年のようなタッチで描かれています。しかし、その洗練された一つ一つの線からはマッスやボリュームがビシビシと伝わってきます。実際に立体となった椅子はそのスケッチの持つフレーバーがしっかりと反映してあり、その特徴的な形は唯一無二な存在として存在します。

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ここでいくつか有名な作品を紹介します。

 

Industrial Furniture 

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Sculptural Furniture 

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Space Design

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いやぁ。かっこいい…。

普段がいかにコンセプトに縛られているかを痛感させられる圧倒的な造形力です。形で人を黙らせられるのはデザイナーやアーティストとしては1つの最終目標とも言えます。もちろん、コンセプトがある事も理解していますが形から感じる何かは理性より先に来る感性に働きかけてきますよね。作品についていろいろ書こうと思いましたが、私の言葉でいろいろ説明すればするほどその魅力は薄れていくような気がしました。雄弁は銀沈黙は金ですね。その圧倒的なアウトプットから感じてください。